発達障がい児療育「ヒカリヲ」が始まりました!

 

発達障がい児療育「ヒカリヲ」では、フリーオペラント型ABAにより発達障がいを持つ児童を療育いたします。

現在、2019年7月21日(日曜日)の相談会開催に向けて、WEBサイトの作成、その他準備を行っています。

ご興味のある方がおられましたら、お気軽にお越しください。

なお、事前申し込み制となっております。

 

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お子様が発達障害と告知された親御様、また、その疑いをお持ちの親御様、ご相談ください。

また、他の療育施設で効果が感じられなかった親御様もぜひご相談ください。

 

  • 場所:近鉄大阪線「河内山本」駅より徒歩3分
  • 料金:10,000円/1回(初回相談 8,000円
  • 日時:2019年7月21日(日曜日)
  • 開設時間:10時~17時(相談時間 60分~90分ほど)
  • 希望時間・人数を添えてこちらからお申し込みください。
  • 開催場所などの詳細な情報はお申し込み後にメールにてお知らせいたします。
  • 通所型で行いますので直接、現地にお越しください。
  • 当日はお子様を連れてお越しください。(できれば両親でお越しください)
  • 兄弟・姉妹がおられる場合もお連れ頂いて問題ありません。子供が遊べるおもちゃ多数あります。

2冊目の「フリーオペラント」の本

新しいフリーオペラントの本の紹介です。

 

「発達障害児の言語獲得 応用行動分析的支援(フリーオペラント法)」

 

2年前の本の続編となります。

 

この新しい本では、一人の発達障害児「あいちゃん」の事例を元に、

私たちがどの様に療育を行っているか?どの様に親支援・親訓練を行っているか?

を詳細に記述しております。

およそ2年に渡る記述となっております。

 

当相談室の事が気になる、興味のある方は、

この本をお読み頂けたらと思っております。

 

フリーオペラント法のすべてが語られている訳ではありませんが、

かなり突っ込んだところまで書かれている本です。


また今後とも、

 

「フリーオペラントの言語獲得の理論編」

「子どもたちの3年後、4年後、そして10年後の言語発達について」

 

等、ネタには尽きません。

本を含め、出来るだけ早く、

みなさんに情報提供が出来たらと考えております。

行動分析の「強化」とは何か?

最近ABAをよく勉強されてから来舘されるお母さん方が多いと感じます。

「強化」という表現をするだけで頷かれるお母さんを見る度にABAの普及が進んでいるなぁ、と実感しています。

そのよく使うことばの「強化」なのですが、私たちが子どもさんの行動を分析し、子どもさんとのやり取りの仕方を説明した後、

「じゃあ先生、褒めればいいのですね」

と理解される方がいらっしゃいます。

私たちも、子どもたちの行動を見たあとで、褒めることが一定の影響があると判断すれば、「その通りです」頷く場合もありますし、また説明においても「褒めてあげてください=強化してください」という表現をする場合もあります。

場面によっては「強化=褒める」ということが間違っているという訳ではありません。

ところが、「強化」と「褒める」ということは、似ている様でいて全く違うものなのです。

 

元々行動分析というものは、動物等を観察する際には、行動の

「頻度(回数)」

「強度(強さ)」

「持続時間」

を見るのが基本となります。

 

「強化」というものは、大体この3つの行動が「増えること」を言います。

具体的に言うと、

行動の回数が「多くなる」

行動が「強くなる」

行動の「時間が長くなる」

ということが「強化」なのです。

 

社会的動物である人間は、「褒められる」という承認によって、その対象の行動が多くなったり強くなったり長くなったりするのが普通です。ところがそれは絶対ではありません。

 

「褒められるという行動が強化になる確率が非常に高い」というだけであって決して「褒められる=強化」ではないのです。

発達障害を持っている人たちは、社会性が無い訳ではないのですが、乏しかったり、定型発達の人たちとは違った形のもので表現していたりする場合があります。

 

なので「褒めた」としてもその後の「行動」に変化が無かったり、「行動」が下がったりする場合もあります。そうなると「その褒める行動は強化として成り立っていない」ということになるのです。またこれは発達障害を持っている方だけでなく、これは定型発達の方でも十分可能性のあることです。

 

難しいかもしれませんが、行動分析を理解したい、または実践したいと思われる方は、

「褒める」「貶す」などのラベルを見るのではなく、

相手がどう行動しているか?

相手の反応の後に自分がどう動いているか?

その自分の行動の後に相手はどう反応しているのか?

そしてその「頻度」「強度」「持続時間」は?

と「行動がどう動いているか」(機能・作用しているか)を見てください。

この様に見ることが実際の理解や実践の訓練になるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「適当」の効果

私たちが療育をする際に、お母さんやお父さんに対して、

「別に完璧じゃなくても良いです、適当にしてください」

という事を良く言います。

適応行動を獲得させるために、

100%の強化(報酬など)をすることは確かに悪いことではありません。

私たちが療育の中でしなくてはならないことは、

実は「獲得」ではなくて「維持」の方であったりします。

せっかく獲得したものが、出て来なくなってしまう、消え去ってしまうというのは

出来るだけ避けなければいけないことなのです。

それには短期的な目(獲得)だけでなく、中、長期的な目(維持)に焦点を当てることが肝心です。

「維持」はイコール、「出来るだけ消去されない手続き」ということになります。

そして、完全に100%強化という手続きは「維持」という所に焦点を当てると、

実はあまり効率が良いものではありません。

「いつ強化されるか分からない」という手続きの方が、

「長持ち」し「消え去ることが難しい」という形になりやすいのです。

具体的な例を挙げると、「パチンコ」「競馬」などのギャンブルがそれにあたります。

「パチンコ」や「競馬」は、絶えず強化をされるものではありません。

5回の内1~2回、10回の内1~4回かはわかりませんが、

強化(この場合は「玉が出ること」や「馬券が当たること」)が時間的にランダムになると、

その形成された行動(パチンコに行って、玉を買って、玉を打つなど)を

消すことはなかなか出来にくくなります。

だから、ギャンブルにハマっている人は多く負けているにも関わらず

「今度は当たるかもしれない」と言って、

パチンコ屋や馬券売り場に駆け込む様になります。

(これは、「強化スケジュール」の中での「VIスケジュール」と言われているものです。)

賭け事をする人間を毛嫌いする人がいますが、

実は「ギャンブルにはまる」というのははその人固有の行動ではなく、

強化スケジュールに組み込んだ、組み込まれてしまったというだけであって、

誰にでも形成される当たり前の行動なのです。

翻って療育の場ですが、

適応行動に対して100%強化をしてあげると、

確かに「獲得」に対して十分な効果が得られるのですが、

「維持」の場面になると効率の面では「?」ということがあります。

そうではなく、

「60%ないしは70%での強化」となると、

100%の強化よりは「獲得」に関しての効率は負けますが、

「維持」という点に関しては、良い効果が得られます。

一旦獲得すると消去されにくくなるからです。

何にしても「日常」の中に導入がしやすくなります。

そしてそれだけではなく、実は「般化」という

「フリーオペラント法」または「療育」にとって最重要な行動にも繋がっていきます。

「そうは言ってもなかなか出来ないんですよ」と言うお母さんたちがいます。

勿論程度や状況にもよりますが、「なかなか出来ない」言っていると状態がベストな場合もあります。

加えて「何がなんでも頑張らなくちゃならない!」というお母さん、お父さんたちの負荷の軽減にも繋がります。

親の負担が大きく「バーンアウト(燃え尽き)」しがちな療育の場で、負荷が軽減されるということは

お母さん、お父さんたちの療育の「維持」にも繋がります。

スピードが大事な場合もあるのですが、何にしても「維持」というのは「獲得」と

同じ位大切なものなのです。

私たちの

「適当にしてくださいね」

と言うことばには、こういうカラクリがあったりするのです。

小野

初の「フリーオペラント法」の本


相談室スーパーバイザー佐久間徹先生の初の著書です。

「広汎性発達障害児の応用行動分析(フリーオペラント法)」という題です。

「フリーオペラント法」というのは、30年以上前より「佐久間徹」と「久野能弘」の二人によって確立された「応用行動分析(ABA)」の一分野です。

ヒカリヲでは、30年前よりこの療法を採用し自閉症療育に取り組んでいます。

実際に「フリーオペラント法」というのは、同じABAでも「DTT(ディスクリート・トライアル・トレーニング)」や「ロバース法」に比べて「測定がしにくい」という欠点があり、論文や書物などでの流布というのはなかなか出来にくかったのです。

しかし、「フリーオペラント法」は主に「社会性」や「自然なことばの獲得」に関して絶大な効果があり、関西学院大学、筑波大学などでも扱われ、日本の行動療法家・応用行動分析家の中では底流として脈々と存在をしています。

加えて、アメリカの方でもロバースの弟子であるケーゲル夫妻などがPRT(Pivotal Respose Treatment)という新しい療法を提唱しており、そのやり方は、実は日本でのフリーオペラント法に極めて近いのです。

その純日本産「フリーオペラント法」の詳細が書かれた初めての本です。

「一度文章にしてしまうと、間違って伝わってしまうのが怖い」

として中々文章化されなかった先生ですが、熟考に熟考を重ねられた上でようやくの出版となりました。

佐久間先生はこの本について「親御さん向けに書いたものでも無いから難しいかもしれない」とコメントされていましたが、殊更に難しい文章だとは思いませんし、何より安い(840円)ものです。この値段も「多くの人に安く手に入れてもらう」という、「印税度外視」の先生のご配慮が入っています。

ミード社会舘の療法はこの「フリーオペラント法」に特化しています。

「フリーオペラント法」は実に「百聞は一見に如かず」の療法です。

実はこの私も、佐久間先生の療法を実際に見るまでは「イマイチ実感が湧かない」と感じていた1人です。

是非とも読んでみてください。

この本を読んで、もし「フリーオペラント法」が気になる方がおられましたらヒカリヲにご連絡いただけたらと思っています。

小野

大人が受ける強化

強化には、罰とは全く違う効果があります。

それは「強化は即座に効き目はない、しかし継続性がある」

というものです。

学習の機会を考える際に効率の良いのは、罰ではなく強化があるのは

この継続性があるためです。

ところがこの強化ですが、一つ問題点があります。
それは「罰ほど即座に効き目は無い」ことです。
強化は罰の様に急激に反応をするものではなくジワリと効果が上がっていくものなのです。
そしてまた、親の側に立つと、親も勿論人間で親にも強化機能が働きます
そうすると、人間または生物として、即効性があるものと遅効性のもの
どちらに引き寄せられてしまうのでしょうか?
勿論、親が魅力を感じるのは「即効性」です。
親は即効性があるものから即強化を受けることになります。
親は遅効性があるものからは即強化を受けることができません。
なので、
「コントロールする側(親や先生)は早く効く「罰」に流れてしまいがちである」
これが問題点なのです。

例えば廊下を走る生徒がいるとします。
その生徒に対して
「走るのをやめなさい!!」と先生が言ったとします。
生徒は即座に走るのをやめます。
即座に効くので、先生は同じように廊下を走る子どもがいると、同じように
「走るのをやめなさい!!」と言います。

これが子どもたちに対しての罰コントロールです。

また、「即座に反応をする生徒」がいるため、
先生の生徒を叱るという行動そのものが強化されているのです。 
ところが、その罰刺激を受けるうちに子どもは
「走るのをやめなさい!!」という刺激に慣れていきます。
その結果「走るのをやめなさい!!」という刺激を先生が送っても、
子どもたちは走るのをやめようとしなくなります。
また、回避や逃避という行動で罰刺激を避けようとする行動も出てきます。
例えばその先生が居ないところで走ったりする行動がそれです。
こうなると、元々危ないから走るのをやめさせようとしていたのが
隠蔽までを促すことなってしまい、結果、悪い方向に進んでゆきます。
これは罰コントロール下では決して珍しいことでは無いのです。
そして最終的に大人たちは、
「廊下を走るのを抑制する」というのが本来の目的だったにも関わらず、
「最近の子は言うことを聞かない、親の躾が悪い」
と当初の目的を見失ってしまい、解決とは程遠い解釈をして
この問題は大した成果も出せずに終わってしまいます。

走る子どもへの注意は適当にしておき、
走らない子どもを見て
「走らないってのはすごいなぁ」
「足音立てずにってのはすごい能力だよね、カッコイイ」
「走らなかったね、飴をあげよう」
「先生が10日走らない人を見なかったら、1時間好きにしても良い自由時間をあげよう」
「みんなでお互いに走らなかった人の表にシールを貼ってあげよう。たまったらその人にご褒美をあげます」
という「強化機能によるコントロール」をしようとします。
その効き目は子どもによって様々ではありますが、
結果的には「静かに廊下を歩く」ということを学習することが
罰コントロールより形成されやすいのです。
強化はそれぞれで、何がその子に対しての強化になるかを探すのは
その指導者自身の腕の見せ所になる訳です。
そのやり方等も、応用行動分析ではいくつかのテクニックが存在します。
(先に上げた強化の例は、かなりというか相当いい加減なものですが、
4番目と5番めは「トークンエコノミー」と言われているテクニックの一つです)
そしてまた、「廊下を走る」という行動への焦点もズレずに済むのです。

子どもの成長とは恐ろしいもので、健常児であれば些かの罰であっても
適当な消去、適当な強化を受けて社会に適応していくのですが、
(昨今これが覆り大きな社会問題になっている様に感じますが)
障がいを持つ子どもたちになるとこの部分があまりにも大きく、
一般的コミュニケーションでは「強化が効きづらい」ので
親は自然に「即効性のある罰」に頼りがちになってしまいます。
結果、障がいの上塗りをしてしまい、
「益々言うことを聞かない子・言うことを理解をしない子」が出来上がるのです。

だから、私たちは

「罰コントロールに走ってしまう気持ちはよく解ります。
けれども、罰コントロールでは続かない。」
「わたしたちの療育では、強化は即座には効き目が無く、お母さんたちは最初少々疲れる部分も
あるとは思いますが、継続するには無理がなく、良い影響が多々あります」

ということをまず理解して貰う必要があるのです。


小野

「当たり前」と思われる「強化機能」

行動分析において「罰」の反対は「強化」と言います。
強化とはどういうことを表すかというと、
「自分が起こした行動の後に良いことが起こる」
「自分が起こした行動の後に悪いことが無くなる」
と、「行動が維持、もしくは増加する」
というものです。
強化を促す物や事(刺激)を強化子といって、
いわゆるご褒美などが代表例として挙げられると思います。
(そうでは無い場合もあります、ここでは便宜上「強化子=ご褒美」とします。)
私たちの行動でも、好きなもの、興味のあるものというのは、
「何かを得るために行なっている行動」が多いのです。
スポーツであれば、
自らの高揚感が強烈な強化子になり、
相手に勝つことが強化子になり、
表彰をして周りから称賛されることも強化子となるでしょう。
それ(強化子)があるから多くの困難にも耐えられるのです。
何かを作り上げる仕事であれば、
完成したときの満足感が強烈な強化子になっています。
それ(強化子)があるから製作過程の辛さも耐えることが出来るのです。

ところが、何かを獲得させる様な場合、
例えば宿題をする行動を増やしたいときに、
「何をしてるの?早く宿題をしなさい!」
と激しく促します。
その後しっかりと宿題をしたにも関わらず、
「本当にちゃんとやったの?」
「なら今度はこれをしなさい!」
などのアプローチは、適応行動を獲得をさせるのに、
強化ではなく、罰を使っていることになります。
結果、行った行動(宿題)は得にはならないと「随伴」され、
宿題のしない子どもが出来上がります。
本当に獲得をさせ、その行動を維持させたいのであれば、
宿題をした後に「よくやった!」と褒め(強化)し、
「おやつ」などの具体的な強化子をあげたら良いのです。
これはあまりにも当たり前のことなのです。
この事を言うと
「そんなことはわかっているのだけども、その場にいるとどうしても叱ってしまって…」
「当たり前のことだけど、なかなか出来ないものですよ」
というセリフを自嘲気味に言われることをよく聞きます。

しかし、「罰」を使ってしまうのは、
子育てが出来ない、どうしようもない親だからというのではなく、
ごく普通によくあることなのです。
実は、そこにも行動分析上のプロセスが働いています。
やらせたい行動に対して、
親が子どもに「罰」を使ってしまうのには、
行動分析上、ちゃんとした理由があります。

そこには

「親が受ける強化」が関係してくるのです。


(続く)


小野

私たちの相談室の特徴

私たちの相談室に来られてビックリする人もいるかもしれません。

世間で「ABA」と言うと、椅子に座らせて、机の上にある課題学習をし、

飴やチョコレートなどのお菓子を持ち、課題を達成できたら「よくやったね」とお菓子を差し出す…

その様な印象を持っている人が多いだろうと思います。

ところが私たちの相談室では、子どもが行くところは全くの自由。

机はあるけど座らせようともしない。

物を投げようが床を水びたしにしようが、

世間一般が不適応行動だと思う行動を起こしても全く平気。

相談室の外に出ても気にせずそれに付いていくだけ。

(※勿論危険なことは体を張ってでも止めます)

世間のABAを知っている人たちは、それを見て

「何をしているのか?」

「馬鹿にしてるのか!こんなのABAじゃない!」

と思うのかもしれません。


私たちにとってABAというのは、

ABAという一定の療育方法でもなく、

ABAという「パッケージ」でもありません。

あくまでABAとは「応用行動分析」(Applied Behavior Analysis)の略語なのです。

一体どう違うのか?

応用行動分析というは、

B.F.Skinnerという人が鳩やラットの実験から生み出した

「行動分析学」の「応用版」なのです。

ですから、「ABA」というのはあくまで

「行動分析」を人間特有の行動に対して「応用」したものであり、

その範疇で捉えるものとして採用しています。

ですので、ABAをパッケージングでもなく、単なる療育方法という

狭い分野で捉えてはいません。

誰にでも応用の効くものとして、より広く捉えているものですし、

障害を持とうが健常であろうがそれは一緒です。

「応用行動分析」は大きく応用を利かせるものとして

採用しなくてはならないと感じています。

スキナー自身も、自身の行動分析をそう捉えています。

私たちの相談室の話に戻りますが、

遊んでばかりいると捉えられがちかもしれませんが、

実の所、様々な「応用行動分析」が、その遊びには取り入れられているのです。


子ども達は一人ひとり強化子が違います。

けど、私たちの相談室内において、

子ども達に行動分析の「強化」が効いている現象として、

一つだけ、子ども達に共通している行動があります。

それは、1ヵ月ほど相談室を体験した子ども達は

私たちの相談室に来る際に、

必ず「楽しそうに、走って」入ってくることです。

これこそ相談室そのものが子どもたちにとって

「強化子」なのだという証拠なのです。


小野

罰による制御の問題

行動分析や学習理論の中で、

人間や動物が、比較的即座に反応をするのが

「罰」刺激と言われているものです。

行動分析の中での「罰」とは

「自分が起こした行動の後に悪いことが起こる」(正の罰)

「自分が起こした行動の後に良いことが無くなる」(負の罰)

「行動が減少、もしくは消失する」

ものです。

普通、怒ることや、叱ることなどが、この罰と同じ作用をしています。

(勿論、そうでは無い場合もあります。ここでは便宜上「怒る・叱る=罰」とします)

外界から身を守るために発達したものなのでしょう。

「罰」に関して即座に反応をしなければ、その動物は餓死するか、

もしくはその場で食べられてしまう場合もあります。

ところが、その罰が常態化してくると、その罰に慣れてきます。

これも外界から身を守らなくてはならない習性から来ているのでしょう。

絶えず晒されている罰的な刺激に慣れて行かないと、

他の行動を起こすことも出来ずにビクビクしてばかりでやはり餓死したり、

他のもっと危険な罰的な刺激とを上手く区別しないとこれまた生命の危機があるからです。

怖がっていた罰刺激が、取るに足らない普通の刺激になっていく場合もあります。


「子どもが私の言う事を聞かない」

「躾が出来ない」

というお母さんがいますが、

その様な子どもたちはまさに

「罰がもともと効果があったのだけど、あたりまえになってしまい、罰に慣れてしまっている状態」

の子どもたちが多いのです。

最初は大きな声で

「ちゃんとしなさい!」

と怒ると、その効果は絶大です。

首をすくめて、頭を抑える、泣く様な恐怖反応が出ます。

即座に反応をするので、親側としては、

大きな効果があるものとしてより多く活用していきます。

ところが、あまりに使い過ぎると、その罰刺激に慣れてしまいます。

そうなると親は効果が無くなったとしてより声を荒げる様になる。

……実はこの繰り返しで、最悪果て子どもに手をあげてしまう

「児童虐待」にまで発展する場合があります。

ですから、即時的な効果のある罰制御なのですが、

私たちは出来るだけ(状況によっては絶対に)

しないように勧めています。

では、どうすれば、子どもたちをこちらの意図する方向に向けさせることが出来るのか?

という方法なのですが、それは罰とは正反対の「強化」を使うのです。


小野

嘘を付くこと1

子どもはよく嘘を付きます。

大人は大概、嘘を付いた子どもを怒ります。

何故かというと、嘘はいけないことだから。

と教えられているからです。

確かにその通りなのです。

しかし、嘘には「時と場合」があり、例えば、

「お父さんはもう助からないかもしれない」

と言う、癌末期のお父さんに対して子どもは

「そうだね、助からないね」

嘘を付かずに正直に答えるのは、本当に良いことなのでしょうか?

「嘘を付く」というのは、

「相手の顔色を見て」「相手がどういう考えを持つか」を

想像出来なければ(随伴しなければ)、嘘を付くという行動は出て来ません(強化されません)。

これは社会性(般性強化子)を獲得するプロセスと類似、もしくは同等のものなのです。

私たちは、まずは社会性ありきと考えます。

そして、その後に「嘘をつく」というプロセスが存在する。

社会性が底にあり、その上に嘘を付くスキルがくっついているのです。

だから、先の

「お父さんは助からないかもしれない」

と言うお父さんに対して子どもは、癌末期を知っているにも関わらず

「大丈夫だよ、お父さん、きっと治るよ!」

と嘘を付くこと = 優しいことばをかけてあげること(社会性)が出来るのです。

上手く嘘を付くことが出来ない子どもたちが増えていると聞きます。

それは、「嘘=悪」の様な印象があるため、

嘘そのものが悪いとの風潮があるからではないでしょうか?

障害を持つ子どもたちと付き合っていると、

数年越しで付き合っている重度自閉症の子どもたち、

もしくは軽度の発達障害の子どもたちは、

ある程度のセッションを経ると、親御さんたちから

「この子嘘を付いたんですよ!!」

という怒りの話を聞くことが出来ます。

そんなとき私たちは、

親御さんたちに嘘をつくプロセスを説明し、

お母さんに「嘘を付くスキルが付いて良かったね!」と言い、

「ナイスだ!キミは順調に発達している!」

と、嬉しく思うのです。


小野